日本R&Bシーンの草分け的存在“Full Of Harmony”を追いかけ、北から南へと坊主が走ります♪ そんな毎日を語らせていただきます!


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器の重み
先ほど…常用の器を3枚もいっぺんに割ってしまった…結構ショック。。。

形あるものはいつか壊れるから…とジョギングしに行った。

ふと思って、ダッシュボードに入れておいた大きな楕円の皿を

新聞紙にくるみ、ダッシュボードの上に避難させた。

きっと何の価値もないであろう、ただの大皿。

十年前、自分がこの中古マンションを手にしたときに、

母親が大事そうに紙袋を抱えて持ってきた皿である。

 「お父さんには内緒で、お姉ちゃんとあんたに一枚ずつあげるから、

 どのようにでも使ってちょうだい」

この姉と自分に分けられた大皿は、やはりうちの両親が現在の家を購入した時、

祖母が母に持ってきた皿だった。

 「あの子には内緒でね、あなたにこの皿を持ってきた」

祖母は、自分の息子にすらその皿の意味を話さなかった。

ただ、その思いを母にゆだねたのであろう。

NARUMI CHINAの大皿。

祖母はそれを形見だと語ったそうだ。


浅草の彫り師の家に生まれ育った祖父は、家に反発し東京を離れ、

京都大学へ進み、卒業後は弁護士資格を取得し東京に戻ってきた。

祖母と結婚し、そして二人の子供に恵まれた。

父が3歳の頃、33歳の若さでこの世を去った。

もちろん父は幼すぎて、自分の父親像を覚えていない。

そんな祖父が顧問をしていたのが当時のNARUMI CHINA。

相当量の鳴海陶磁器が家にあったらしいが、その多くは

父の姉である叔母が独占したそうだった。

その中の二つを祖母は大事に持っていたのだろう。

 「あの子が、これに執着してもいけないと思って…」

祖母はそう付け加えたそうだ。

父は、おぼろげな父親像を歯がゆくも思っていたこともあったようだ。

父親がいない…戦時中には普通のことだったのだろうが、

父の人生の中で、このことは多くの弊害になったようだった。

そんな恨めしくも思った祖父なのに、父は「さとうきび畑」という歌に

涙をしていたのを覚えている。

「ざわわ ざわわ」といえば、おわかりだろうか?

歌詞の一文に~知らないはずの父の手に 抱かれた夢を見た~とある。

これが、父の心に響いてしまったようだった。

それを考え見ると、祖母の「あの子には内緒で…」というのは、

よく父の気持ちを考えた上でのことだったのだろうと思われる。

父はいまだに、この皿の存在を知らない。

祖母と母の父に対する最大限の思いやりだと思い、

きっと、このまま知ることもないだろう。



因果なものだ…祖父の死因は酒。。。

隔世遺伝というのは、こういうものだろうか?

あいにく、自分は祖父の享年よりも長く生き延びている。

33歳で、自分は肩に刺青を入れた…これは、偶然ではない。

祖父の一番世の中で嫌っていたであろうものを、身体にこめた。

すべての思いは、この一枚の皿の重み。

父はそれすらも知らぬ。



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